説明不要の大ヒットアルバム。ライクーダープロデュースのキューバ音楽のリバイバルに貢献して、キューバ音楽がなんたるかを世界に知らしめた超名盤。

収録曲
1.Chan Chan
2.De Camino a La Vereda
3.El Cuarto De Tula
4.Pueblo Nuevo
5.Dos Gardenias
6.Y Tu Que Has Hecho
7.Veinte Anos
8.El Carretero
9.Candela
10.Amor De Loca Juventud
11.Orgullecida
12.Murmullo
13.Buena Vista Social Club
14.La Bayamesa

上記アルバムの大ヒット後、『ベルリン天使の詩』『パリ・テキサス』で知られるヴィム・ヴェンダース監督とライクーダーが2度目のレコーディングに同行したミュージックドキュメンタリー映画。彼らのレコーディング風景とアムステルダムやカーネギーホールで行われたコンサート映像を中心に、メンバーへのインタビューで構成されている。もちろん彼らの演奏だけでなく、その人間的な魅力にどんどん引き込まれてしまう作品だ。
キューバ音楽ファン以外も必見の最高の音楽映画だ。





History of Cuban Music - Page 3


5. 1960年代〜現代まで
1960年代

1959年にキューバ革命が起き、音楽大国だったキューバの立場は一転します。
革命前の体制における腐敗の象徴とされたダンスアカデミーは閉鎖され、体制の変化に危機感を覚えたミュージシャンたちは、アメリカを始めとする諸外国に亡命しました。亡命した彼らは「裏切り者」としてキューバ国内で非難され、彼らの曲は公的に禁止されました。
そして、革命の際に自らの特権を失うことを危惧した白人階級が大挙して亡命したため、革命後のキューバでは従来に増して黒人音楽の要素が増し、同時に伝統音楽を見つめ直す風潮が生まれます。1961年に結成されたルンバのグループ、ヨルバ・アンダボ(Yoruba Andabo)や1962年に結成された(アフロ・キューバン文化の伝承を目的とした)コンフント・フォークロロリコ・ナシオナル(Conjunto Folklorico Nacional)などがその一例でしょう。

1960年代になってR&Bやドーワップ、ボサノバなどの影響を受けたフィーリン(filin)というジャンルが発生し、この流れからはロス・ブカネロス(Los Bucaneros)やロス・サフィネロス(Los Zafineros)などといったグループが人気となりました。ロス・サフィネロスはエレクトリック・ギターを用いて、キューバやブラジルの音楽、そしてカリプソをミックスした音楽を演奏していました。
フィーリンの後に流行したのが、アメリカのフォークソング及びラテンアメリカ諸国で流行していたカンシオン・プロテスタ(cancion protesta)に影響を受けたヌエーバ・トローバ(nueva trova)です。パブロ・ミラネス(Pablo Milanes)とシルビオ・ロドリゲス(Silvio Rodriguez)を中心人物とするこのジャンルは、ハバナに建てられたセントロ・デ・ラ・カンシオン・プロテスタ(Centro de la Cancion Protesta)を拠点として拡がっていき、スペイン語圏では広く愛されました。
キューバの政治的なプロパガンダに用いられた側面もあるこの音楽ですが、本来は19世紀のトロバドーレス(trovadores、吟遊詩人)の精神を現代に、というモットーから生まれたものであり、政治的側面は別に考えるべきでしょう。
 
この時期に生まれた新しいリズムにはボテオ(boteo)、ティンバ(timba)などがありますが、どれも短期間の流行で終わっており、また全国的な人気を得るまでには至りませんでした。例外的に流行したパチャンガ(pachanga)にしても、元々ニューヨークで発生した音楽であり、キューバ独自のものではありませんでした。


1970年代〜現代 - 革新と伝統の並立

1969年にフアン・フォルメル(Juan Formell)によって結成されたロス・バン・バン(Los Van Van)は、ある意味停滞していたキューバ音楽を再び活性化させたグループです。
 実験精神に富んだフォルメルは、エレクトリック・ギターやシンセサイザーを導入して、新しい音楽の創造に努めました。フォルメルはパーカッショニストのチャンギート(Changuito)、そしてピアニストの”プピ”ペドローソ("Pupi" Pedroso)と一緒にソン、ヨルバのリズム、ファンク、ポップスなどの要素を融合させて、エレクトリック・ベースとシンセサイザーを強調し、ソンゴー(songo)という新しいリズムを誕生させたのです。
 ソンゴーと前後して、新たなリズムが多く誕生しました。これらの中にはマレンベ(malembe)、ゴゴーチャ(gogocha)、バストン(baston)などがあります。
 1990年代にはソンゴーをさらに発展させた形のリズム、ヌエバ・ティンバ(nueva timba)がハバナで始まり、国中に拡がっていきます。このヌエバ・ティンバはキューバの出したサルサへの回答、とも言えるものでした。同時に、このヌエバ・ティンバはグラインドを多用するダンス、あるいはより物質的な歌詞など、世代の変化をも浮き彫りにするものになっています。
 このヌエバ・ティンバを代表するグループには、1988年に結成されたNG・ラ・バンダ(NG La banda)が挙げられます。
 
 1970年代から現代に至る流れは、ロス・バン・バンのように新しいリズムを追求したもの、あるいは伝統的な音楽を追求したチャランガのグループ、そしてその中間をとったもの、という3種類に分けられるでしょう。伝統的なダンソーンを演奏し続けたグループの中には、オルケスタ・ティピカ・クバーナ(Orquesta Tipica Cubana)やオルケスタ・ティピカ・アバネラ(Orquesta Tipica Habanera)、チャランガ・ティピカ・クバーナ(Charanga Tipica Cubana)、そしてチャランガ・ナシオナル・デ・コンシエルト(Charanga Nacional de Concierto)などがあります。
 中間をとったものにはオルケスタ・アメリカ(Orquesta America)などがあります。チャチャチャを生み出したエンリケ・ホリンも伝統と革新の中間を進んだ一人でした。


ソンの復活〜ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ

1960年代にはヌエバ・トローバの流れに押されていたソンですが、1970年代半ばからその活力を取り戻し出します。この時代のソンの新しい流れを代表するグループは、アダルベルト・アルバレス(Adalberto Alvarez)によってサンチアゴ(Santiago)で結成されたコンフント形式のグループ、ソン14(Son 14)でしょう。オリエンテ地方の伝統的なソンとサルサ、そしてソンゴーを融合させることによってソンの現代的解釈を示して見せたこのグループは、1983年の"A Bayamo en coche"によってキューバのみならず、プエルトリコでも人気となります。
アルバレスはこの後、サンチアゴからハバナに移住、アルバレス・イ・ス・ソン(Alvarez y su son)を結成、レパートリーにサルサを取り込むなど、現在に至るまで活動を続けています。
 
現代的なソンの解釈が進む一方で、伝統的なソンにもスポットライトが再び当たることになったのは、1996年にライ・クーダーがキューバを訪れ、現地のミュージシャンと録音したレコード「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」を発表、1997年のグラミー賞を受賞したのがきっかけです。ヴィム・ヴェンダースによるドキュメンタリー映画も製作され、それからキューバブームが起こったのは、まだ記憶に新しい人もいるかもしれません。


総論

キューバのような小さな島からこれだけの音楽が生まれ、そしてそのほとんどが現在でも聞くことができる、あるいはその影響が未だに様々な音楽に見受けられる、というのは奇跡的なことです。
 うがった言い方になってしまいますが、これはやはりキューバの歴史的役割(新大陸における貿易の要衝だったこと)、地理的条件(アメリカに近く、また中米・南米大陸に近いことから音楽が広まりやすい場所にあったこと)、そして歴史の皮肉(アメリカと国交を断絶したことにより、かえって伝統音楽が守られやすい環境におかれたこと)など、多くの要素があったからだと思います。
 
 キューバの今後は誰にも予測できませんが、これからもキューバからは融合的な音楽が生まれてくることでしょう。残念ながら、現在キューバの情報は入りにくいのが現状です。しかし、音楽という情報は、比較的手に入れやすいものです。そして、人々が音楽を愛し続ける限り、この国がただの島で終わることは永遠にありません。
 普段キューバの音楽に触れることがない人でも、さりげなくキューバ音楽(あるいはその影響を感じるもの)に触れている、これこそがこの島の持つ底力なのですから。


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